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Vol.183
京都・西本願寺の防災力【前編】世界遺産を守る静かな知恵

京都・龍谷山本願寺(通称・西本願寺)──世界文化遺産として知られるこの歴史ある寺院には、美しい建築や貴重な文化財だけでなく、災害に備えるための工夫と日々の努力が息づいています。
多くの人々が訪れるこの場所で、いざという時にどう命を守るのか。見えないところにこそ宿る防災の知恵を探るため、防災担当の大下さんにお話を伺いました。

目次
数百年前から続く「燃えない寺」づくりの知恵
西本願寺の建物って、実は“燃えにくい”工夫がいたるところにあるんです。
そう語るのは、西本願寺で防災業務を担う大下さん。防災というと最新設備を想像しがちですが、西本願寺では数百年にわたり、”燃えない寺”を目指す建築の知恵が積み重ねられてきました。
漆喰壁が延焼を防ぐ仕組み
「たとえば、御影堂や阿弥陀堂の裏側にあたる部分は、分厚い漆喰壁になっています。火災のときには水分を含んだ漆喰壁が延焼を食い止める役割を果たします。消防関係者などの皆さんには『こんな工夫があるんだ!』と驚かれますね」
ここは一般に立ち入りのできない、非公開エリア。今回防災の取材として、特別に撮影させていただきました。

背面部分は分厚い漆喰壁で覆われている
目に見えない「空気管」システム
土壁や漆喰といった燃えにくい素材に加え、構造に合わせて工夫された防災設備があります。建物内に張り巡らされた「空気管」は、注意深く見てもその存在がわからないほど目立ちません。
しかし、火災によって温度が上昇すると、空気の膨張による圧力の変化を感知し、異常を知らせる仕組みになっています。
昔は「ポンッ」という音が鳴ることで火災に気づいたという話もありますが、現在では、より瞬時により正確に把握するため、この仕組みに加え最新の炎感知器を併せた、自動火災報知システムが稼働しているとのこと。

人が集うための工夫と地震に強い構造
大勢が安心して集まれる工夫が、昔からされてたんです。それが、免震構造に近いと実証されたときは本当に驚きました。
この御影堂や阿弥陀堂の堂内には、「外陣(げじん)」と呼ばれる広い空間があります。そこには、大きな柱が等間隔に立ち並んでいますが、空間の広さに比べて柱の数は驚くほど少なく、御影堂で12本、阿弥陀堂ではわずか4本しかありません。これは、たくさんの人が集まって阿弥陀様のお話を聞けるようにするための造り。
その広さは、御影堂で約1200人、阿弥陀堂で約800人規模の人数を収容可能だという。
そして、その広い空間を囲むように、建物の外側には多くの柱が配置されています。内部は驚くほど柱が少ない構造でありながら、1999年から10年をかけて行われた御影堂の平成大修復の際、建物自体に免震の仕組みが備わっていることが実証されました。
数百年前に人々が込めた工夫の確かさが、現代の技術によって改めて証明されたのです。

地震に強い「お堂を囲む柱」の秘密
詳しく調べてみたことで、「縁柱(えんばしら)」や「軒柱(のきばしら)」といった、御影堂を取り囲むたくさんの柱には、建物全体の揺れやねじれを分散・軽減する効果があることが、わかりました。こうした構造は、伝統建築において長年培われてきた知恵であると同時に、防災の視点からも高く評価されています。


命をかけて守った歴史
こうした建物の工夫の背後には、「この場所を守る」という先人たちの強い思いがあります。
1788年の天明の大火では、敷地内にある大きなイチョウの木が延焼を防いだという伝説が残っています。いまも「水噴きのイチョウ」として人々に語り継がれています。
「元治元年(1864)の大火では、記録に”抛身命(しんめいをなげうって)消防相働候“とあります。命をかけてこの場所を守ろうとした人たちがいたんです。私たちの防災の原点は、そこにあると思っています」

現代技術と人の手で支える24時間体制
歴史ある建築に宿る防災の知恵と、それを支える現代技術も、西本願寺の防災に欠かせません。
最新設備による監視体制
「御影堂の大修復に合わせて、2006年から2010年にかけて防災設備を一新。さらに2018年には、防犯システムの最新化や消防設備の増強も行いました。
いまでは、境内のいたるところに自動火災報知システムや消火設備、防犯カメラなどの機器が設置され、防災センターで24時間365日体制の監視を行いながら、西本願寺を守り続けています。」

境内には以下の消防設備が整備されています:
- 総貯水量2,000トンの防火用水(水槽・池)
- 大型ポンプ2機
- 放水銃54機
- 屋内消火栓66機
- 小型動力ポンプ3台
設備だけでは守れない理由
設備がいくら整っていても、それを動かす”人”がいなければ意味がありません。消防設備だけに頼るんじゃなくて、”誰がどう動くか”まで想定するのが、防災の重要なところです。
夜間勤務の職員だけで行う夜間消防訓練では、真っ暗な中での通報や消火、無線の使用など、毎回の訓練で問題点を洗い出して改善しています。
また、文化財防火運動の一環として行われる消防訓練では、下京消防署の指導の下、初期消火から避難誘導、法宝物の搬出までを実践形式で訓練し、職員全体の防災力を高めています。

「人が守る」訓練で育まれる使命感
訓練を通じて、自分の動きが誰かの命を守るという意識が芽生えます。文化財も人の命も、最後に守るのは人の手です。
日常の備えの中心には、職員一人ひとりの意識と連携があります。特に火災時は、迅速な初期消火と延焼防止が重要。そのため、日々の訓練では実際の場面を想定しながら、動きや連絡体制の確認を行っています。
「私たちの活動は、何百年も前から続く”この寺を守る”という営みの延長線上にあります。災害はいつ起きるかわからない。でも、起きた時にどう動くかは備え次第なんです」
世界遺産を守る裏には、見えない努力が積み重ねられています。これは、先人たちが築いた防災の知恵を現代の技術と人の力で受け継ぐ営みでもあります。

京都西本願寺を超えて広がる「守る力」
文化財とは、過去の遺物ではなく、今を生きる人々が守り、未来へ受け渡すもの。
西本願寺で培われた”守る力”は、決して境内にとどまってはいません。災害が起きたとき、遠く離れた被災地へも、その知恵と行動は向けられています。
次回の後編では、西本願寺がどのようにして能登半島地震の被災地支援に動いたのかを、引き続きお伝えします。
取材・執筆:SAIBOU PARK MAGAZINE編集部
監修:SAIBOU PARK/防災士
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取材先紹介
大下 眞史 浄土真宗本願寺派 総合企画室 防災担当
MASAHUMI OHSHITA西本願寺(龍谷山 本願寺)
京都市下京区に所在する浄土真宗本願寺派の本山で、世界文化遺産にも登録されている歴史的寺院です。正式名称は「龍谷山 本願寺」。親鸞聖人の教えを受け継ぎ、阿弥陀如来をご本尊としています。
創建は1272年、親鸞聖人の墓所に建てられたお堂がはじまりです。現在の伽藍は、桃山時代の荘厳な建築様式を今に伝え、御影堂や阿弥陀堂など多くの建造物が国宝や重要文化財に指定されています。
文化財の保存や防災対策に力を入れるとともに、災害時の支援活動や地域社会への貢献にも積極的に取り組んでいます。
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