Vol.21

消火器の革命児「+maffs」の誕生秘話。固定概念を覆すために開発者が貫いた、こだわり抜くことへの熱意

消火器や消火設備の製造・販売・施工を行う防災メーカーのトップブランドであるモリタ宮田工業。同社は2019年、「防災をライフスタイルに。」をコンセプトにした「+maffs」(マフス)というブランドを立ち上げました。ブランドの代表商品「+ 住宅用消火器」は2019年度のグッドデザイン特別賞 グッドフォーカス賞を受賞。生活空間になじむデザイン性の高い消火器は、実用性ばかりが重視されてきた防災用品の常識を覆した革命的な存在として、多くのファンを魅了してきました。今回は「+maffs」のプロジェクトリーダーである北里憲さんにお話を伺いました。

グッドデザイン賞にも輝いた「+maffs」の代表作「+ 住宅用消火器」

震災で感じた無力感からのスタート

「+maffs」を立ち上げたきっかけを教えてください。

防災業界に身を置いて5年目に起きたのが、2011年の東日本大震災でした。それまで消火器を通して、防災に関わっているという自負はあったものの、いざ震災を目の前にして感じたのは「自分は誰かのことを助けられている」という実感の無さ。もっと自分にも出来ることがあったのでは、という感覚に襲われたことを覚えています。

消火器を、もっと能動的に選んでもらえる存在にしたい。そのためには、何かこれまでとは違う取り組みをしなければいけない。個人的にそう痛感したことが、のちに「+maffs」プロジェクトが発足するきっかけになりました。

家庭内に消火器を設置することは、法律上の義務ではありません。強制力がない以上、家の中に消火器を置いてもらうためには「欲しい」と思ってもらうしかないんです。必要に迫られて買うのではなく、自然と気持ちを向けてもらえるような消火器が作りたい。そんな思いから始まり、デザインとプロダクトとの接点にある価値を信じながら、徐々にプロジェクトの構想を練り上げていきました。

待ち受けていたのは厳しい反発や困難の数々

前例のない消火器をつくるにあたり、周囲からの反応はいかがでしたか。

弊社はBtoB事業が中心なのですが、一般消費者向けのビジネスを始めることにも意味があるのでは、という社内提案をしていきました。それでもプロジェクトが走り始めた当初、社内からは反対の声があがりましたね……。新たなコンセプトを掲げて作ったプロダクトの費用対効果が見通せないなか、生産ラインを別にしたり専用塗料を仕入れるといった投資には賛同できないと。通常の赤い塗料ならロットも少なく済むし、塗料のロスも少ないですからね。

一方では、100年以上も続くメーカーという看板に誇りを持つ、ものづくりにこだわりを持っている人が社内に多いこともわかりました。これまで、こだわりを表現する機会が少なかったという人たちが少なからずいたんです。技術的な困難にも山ほど直面しましたが、なかでも難しいとされた白い塗装は、前々から新しいことにチャレンジしたかったと言ってくれる方たちが担当してくれて。試行錯誤の末に実現できたときは本当にホッとしました。

消火器工場の塗装エリアは床から天井まで真っ赤。この中で真っ白な消火器をつくるのはまず不可能とされた

そっと留めておくクリップ、を目指して

「+maffs」は商品名ではなく、ブランドなんですよね。

そうなんです。「+maffs」はブランド名であって、商品名ではありません。このプラスは、クリップのイメージ。象徴的なブランドのロゴとして、十字は安心安全を連想しやすいですし、生活の中に防災のエッセンスをプラスしていく、というコンセプトを表しています。

防災分野でよくある、ちょっとした安心の押し売り感を払拭したかったんです。文房具で例えるなら、ホチキスのようにガチャっと留めるのではなく、取り外しもできるけど、そっと寄り添って留まっているクリップような存在感を目指したかったんです。

消火器本体が映らない写真も混ぜ込むことで、ブランドの世界観を表現している(画像はブランドサイトより)

だから消火器の開発よりも先に、ブランドの立ち上げから着手していきました。防災会社としてのバックグラウンドを持った、枠組みとして機能するブランドが確立できれば、包括的な備えの提案ができる体制が整うと考えたからです。その方が、結果的に防災の新しい形を伝えられたり、端的には消火器を売っていきやすいのでは、という目論見があり。

共感とかコミュニティ、ファン作りといった言葉は、流通の世界では広く浸透していると思います。一方で防災の業界では、そういう概念が意外なほど浸透していません。だからこそ商品のもつ「居場所のある消火器」という背景や、「防災をライフスタイルに。」というブランドの世界観にこだわりました。商品単体で言ってしまえば、ただのモノトーンの消火器かもしれません。でもその背景に文脈をしっかりと持たせることで、受け取った方は共感してくれるんじゃないかと。

固定概念を覆した「こだわり」のチカラ

消火器の開発は、どんな形で進められたんでしょうか。

消火器は赤くないと売れない、安くしないと売れない、デザインは二の次……みたいな固定概念を見直す作業からチームで進めていきました。たとえば一般的に、商品にはメーカーのロゴやブランド名が入っていると思います。これはメーカーが作っている商品である以上、どれだけメーカーの存在感を感じてもらえるかを重視している結果です。でも私たちは、その存在感がノイズになるぐらいなら、いっそのこと取り払ってしまう方向に舵を切りました。社内的には「どこの何か分からん」という反応もあったんですが、結果的にはその方向に振りきってよかったと思っています。

2019年に受賞したグッドデザイン賞では「消火器を白と黒にしただけにも見えるが、(その背景やプロセスにある)固定概念を覆すような表現を叶えたことで、新しい価値定義ができた」という点を評価をいただきました。

「+maffs」の消火器のデザインは、これ以上に削げるものがないほどシンプルにしています。その結果、後発で類似商品が出てきてはいるのですが、追随する側は、何かを足さなければいけなくなる。それを私たちは蛇足だと捉えられるし、同じような価値観の方は、迷いなく私たちの消火器を選んでくれるだろうという自負もあるんです。

こだわりの詰まった消火器なんですね。

たとえば、表面はマット加工を施しているんですが、この質感にも相当なこだわりが詰まっていまして。開発中には、チームのみんなで町中の雑貨屋からマットな質感のものを集めて、自分たちが目指す「マット」さの基準を作っていったりしました。

デザインはもちろん、本体裏面のラベルからタグや外箱まで、このプロダクトには徹底したこだわりが詰まっています。こだわり抜いたポイントに、ぜんぶ気づいて共感してくれる人は多くないかもしれないけど、何かを感じてフィットしてくれた人はファンになってくれるのではと信じています。

納得のいくマットな質感が実現できるまで、何度も何度も加工の試作を繰り返した

小さなこだわりの積み重ねがいつか花開くと信じて

そこまでこだわり通せた理由は。

ひとつは、私を信じて並走してくれる人たちに恵まれたことですね。とくにプロジェクトチームの仲間は、事あるたびに私が人一倍こだわることを容認してくれていましたから。彼らとは、ブランドコンセプトに対しての認識の共有が徹底できていました。達成することで、どんな未来が作れるか、社内外にどんな良い影響を及ぼせるかに、お互いに確信を持てていたんです。もしも一人でのプロジェクトだったら挫けていたと思うので、こだわりたがる自分に付き合いきってくれた人たちには感謝しかありません。

もうひとつは、早い段階からプロジェクトに対して自信を持てていたことです。じつはブランドを立ち上げる途中の段階で、周囲からの共感や称賛を得ることができていたんです。社内のある方からは「このプロジェクトは社会的に意味のあるものになるし、あなたのキャリアのことを考えても大きな挑戦になるはず。だから、折れる必要はないし、社内でもバランスを取らなくていい。そうじゃないと後悔するし、もったいない。」と力強い応援をいただくこともありました。そうやって自信を持てていたからこそ、反発のあった社内も説得できたし、自分自身でもこだわりを信じて貫くことができたと思います。

それから、私の凝り性なところも理由のひとつかもしれませんね(笑)。ちょうど私が働きはじめた頃にiPhoneが日本で販売されて、Apple社の商品に対するこだわりが、熱狂とか世の中の変化を生み出す瞬間を目の当たりにしたんです。そんな時世に影響を受けたこともあって、小さいこだわりの積み重ねがいつか花開くはず、というマインドが根底にあるんです。

こんな時代だからこそコンセプトを体現し続けていきたい

北里さんやブランドの今後について教えてください。

北里さんのInstagramアカウントにはプロ顔負けの本格的な手料理写真が並ぶ

個人としては「+maffs」の代表者として、「+maffs」の背景を持っている自分だからこそ「防災をライフスタイルに。」というコンセプトを体現する、コンテンツメーカーになっていきたいと思っています。具体的には生活のなかでも「料理」と防災を結び付けてコンテンツを発信していきたいのですが、いきなり「防災レシピ」だと防災の熱量が多すぎて、押し売り感が強くなってしまう。そこで当面は料理側に全力を注いでみようかと。すっかり私のInstagramは料理アカウントになってしまいましたが、将来的には本質的に防災を料理と結びつけられるコンテンツを発信していきたいと思っています。

「+maffs」では消火器を皮切りに、ほかのプロダクトも作っていきたいです。とくに今はコロナ禍でテレワークが広まり、家の中の安心安全に投資することの意義が大きくなっている時代です。たとえばキッチンで火災が起きたとき、自動的に消火装置が火を消してくれる自動消火装置は以前よりも価値が高まっていると思います。「防災をライフスタイルに。」というブランドコンセプト通り、これからも生活の近くに商品や新しい概念をインストールすることで、備えるきっかけにつなげていければと考えています。

聞き手/SAIBOU PARK MAGAZINE編集部

+maffs + 住宅用消火器 ホワイト 11,000円(税込)


+maffs + 住宅用消火器 ブラック 11,000円(税込)

取材先紹介

北里 憲 「+maffs」プロジェクトリーダー/ブランドプロデューサー

KEN KITAZATO

モリタ宮田工業株式会社/本店営業部所属。 営業企画や開発営業、マーケティングを担当したのち、現在では法人営業を担当。2019年に生活者向け防災ブランド「+maffs(マフス)」をコンセプトから作り上げ、同年のグッドデザイン賞を受賞。現在もブランドの運営を行っている。

目次

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